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2014.05.21 06:55|人生
「あと何回星をみられるんだろう?」「あと何回好きな人の笑顔がみれるんだろう?」「あと何回。。。」

全ての物にはみな命という限りがある。でも、多くの人は日常でそれを意識しないで生活している。

この世に命を授かった瞬間から時間は同じ速度で流れ、人々は同じ速度で死というゴールに向かって歩を進める。

同じように明日がきて、また明日がきて、それが限り無くつづく永遠の物であるかのように。

老いる時が来て、最後に死がくることは健康体の時にはまるで遠い世界の話しのように思う。




この世には「プロジェリア」(早期老化症)とよばれる病が存在します。800万人に一人の割合で発祥し普通の人の8~10倍の早さで老化が進みます。世界では約30人プロジェリアの病気をもつ人が居ますが平均寿命は13才。多くの子は10才前後で亡くなるそうです。

今回2回にわたり、プロジェリアの病と共に生きる子供達のことについて書いてみたいと思います。まずは、数年前、私がまだ日本に滞在していたころテレビで放送されたプロジェリアの病気をもつ女の子、アシュリーちゃんのドキュメンタリーの内容から、そして第2回目は同じくプロジェリア症候群の男の子、サムバーンズ君のお話。

まずは、2005年、放送時当時14才であったアシュリーちゃんが11才の頃より彼女の生活を3年間追いつづけたドキュメンタリーから。 日本ではこのドキュメンタリーがきっかけでアシュリーちゃんの存在とプロジェリアという病気について広く知られるようになったので番組をみた方も多いのではと思います。今回はサムくんのインタビューがきっかけとなり、アシュリーちゃんのこと、プロジェリアのことを当時私が綴っていた日記を元に改めて書いてみました。

<母親ロリー>

母親ロリーは今のアシュリーちゃんの年頃の時に家出を繰り返し、親とは絶縁状態にありました。
ロリーが17才の時、当時つきあっていた彼との間に生まれたのがアシュリーちゃんです。
アシュリーちゃんが「プロジェリア」だと解ったのは生後6か月の時。パパはアシュリーちゃんが1才の時に去っていきました。ロリーは一人で難病の子を育てる事に絶望し知人にアシュリーちゃんを預け麻薬に走ってしまった。でもある日、自分のボロボロの姿を見て我にかえったロリーは、アシュリーちゃんと共に現状を受け入れて強く生きて行く事を誓う。

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周りの子と明らかに容貌が違い髪の毛は抜け落ち、頬はこけ、関節は痛み、咳も出る。心は13才でも体はもう100才になっているアシュリーは自分の運命を前向きに受け止めて毎日ポジティブに明るく生きている。その姿がとても衝撃的だった。

一生懸命に毎日を生きる美しい姿がそこにあった。
言葉では表現できない気持ちで胸がいっぱいになった。
まだ小学生なのに。。。

<ボーイフレンドのジョン>

アシュリーには仲のよいボーイフレンドがいる。遠く離れた場所に住むジョンはアシュリーが2才(ジョンが5才)の時からの幼馴染みで、ジョンもまたプロジェリアの病気を持っている。同じ運命を背負う二人の間には多くの言葉はいらない。お互いの気持ちはお互いが一番よく知っているから。
ジョンは15才、プロジェリアの人の中では高齢に値する。そのジョンもまた自分の運命としっかりと向き合いプロのドラマーになる夢を持ち一生懸命生きている。
そして3月ジョンは15才の生涯に終わりを告げた。そしてアシュリーはジョンの為に風船を空に飛ばして別れのセレモニーを行った。
そして「さよならを言う必要はないわね。だって私の番がくれば、もう一度あなたに会える」とサラリと言うアシュリーの心の奥にはどんな思いがあったのだろう。

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胸に響いて離れないジョンの言葉。

「人生はどう生きるかなんだ。
 長さは重要じゃない。
 こんな病気で僕ってなんてかわいそうと思いながら
 一生悲しいパーティーをつづけるのか。 
 それとも前へすすみ人生を意味あるものにするのか。
 僕は自分の命を最大限に生きたい」


<親友クレア>

小学校時代からのアシュリーの親友クレア。二人は友情という固い絆で結ばれていた。短い命を精いっぱい生きるアシュリーを尊敬するときっぱりというクレア、毎日一緒に学校から帰り、一緒に遊ぶその姿はまるで天使のよう。
中学に入るとクレアは他に友達をつくりアシュリーとの間には距離ができた。「もうバービー人形では遊んでられないわ」というクレア。「確かにクレアと私は親友だった。今はあまり会っていないわ。彼女は彼女の道を、私は私の道を歩きだしたの」と語るアシュリー。モールで新しく出来た同じく派手で可愛いお友達と仲良く話したり、ボーイフレンドとショッピングする様子クレア、そしてアシュリーとよく遊んだクレアの部屋にはもうアシュリーとの写真はあまり飾っていない。変わりにミュージシャンのポスターや新しい友達の写真がいっぱい壁にかざられていた。その部屋でお化粧に専念するクレア。それに対して一人で絵を描き、動物と遊ぶアシュリーの姿が対照的に写った。

アーリー・ティーン(ティーンエイジャー初期)の時代には刺激がたくさんあり、毎日が新しい発見と楽しさで満ち溢れている。将来の夢、未知の可能性、希望でいっぱいの時期。大きな世界を旅行して、いろんな人と出会い、こんな職業について、こんな恋愛をして、、、なんてティーンエイジャーの話題は尽きる事がない。
アシュリーちゃんもそんなアーリー・ティーンの時代をむかえていた。みんなと一緒の気持ちをもっている女の子。でも彼女はプロジェリアという病を抱えているから、もしかしたら明日死んでしまうかもしれないという運命を感じながら毎日を生きているティーン。毎日いろんな種類のお薬を持参し、呼吸ができなくなった時の為に学校の保健室にはアシュリーちゃんのママが持ってきた酸素ボンベもある。

<家族旅行>

それでもアシュリーには夢があって、楽しみもたくさんある。
楽しみにしていた家族旅行。「これも、持ったでしょ。あれも持ったでしょ」と鞄の中身を前日にチェックしてワクワクしている姿は他の女の子と一緒。
今回アシュリーちゃん家族が行く場所はエスト・エドモントンモールといってショッピングモールの中に遊園地やプールが設置されている世界最大のインドア施設。

あんなにワクワクしていたのに、アシュリーちゃんの様子がちょっと変だった。気持ちがブルーになってしまって口数も少ない。普段生活している小さな町とは全く違う華やかな世界をみてアシュリーちゃんは何を思ったんだろう。そんなアシュリーちゃんが初めてカツラ屋さんに足をとめてカツラを買った姿も印象的だった。ママのロリーもパパも少しビックリ、そして複雑な表情をしていた。

<新しいパパと新しい家族>

家族旅行に行ったパパはロリーが協会で出会って結婚したアシュリーちゃんお新しいパパ。ロリーと結婚するだけじゃなく、僕はロリーの娘アシュリーとも結婚する。と言ったパパ。アシュリーちゃんもママと彼の結婚に大賛成だったけど、初めのうちは少し焼きもちを焼いてしまう。だって13年間もママをひとりじめにしてきたんだもの。ママの愛情がパパにも与えられことに慣れるのに最初は戸惑いもあったアシュリー。
そんな時ロリーのお腹に命がやどる。体に負担がかかるのを承知でつわりの酷いロリーを気遣い家事を率先して行うアシュリーにロリーはとても力強さを感じる。そして可愛い弟エヴァン君の世話に幸せを感じるアシュリー。
エヴァンの沐浴シーンでパパが「エヴァンの裸が世界中に放送されるよ」と言う場面でアシュリーが「赤ちゃんの肌は産着だから裸じゃないわ」と冗談をいう。奇麗な心をもつ少女の口から奇麗な表現が飛び出た瞬間だった。

<アシュリーからのメッセージ>

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「私は悲しいとき、楽しかったことを思い出すの。
友だちのこと、家族のこと、 自分がどれほどラッキーかって。」

「悲しんだり怒ったりしないで。
人生には楽しいことがいっぱいあるから。
嫌なことは忘れて新しい一日をむかえよう。」 
 
「人の役にたつことをすると気持ちいいよ。」


このメッセージの意味について多くの言葉はいらないと思う。
アシュリーの命は短い。そして彼女は与えられた運命と前向きに向き合っている。アシュリーは死を感じながらも悲しみ、絶望、脱力感、不安を克服して毎日をポジティブに生きている。
きっと彼女は誰よりも自分に与えられた命が短いものだとしっているから命の大切さを理解しているんだろう。
そしてアシュリーにその時が来た時、きっと彼女は何の後悔もなく、その時を受け入れて天使になるんだろう。

そんなアシュリー、体調もますます悪化してきている。
そして世界に30人程いる自分よりまだ小さいプロジェリアの人々に対してビデオレターを残すことを思い立つ。何か彼等の為に自分ができる事はないだろうか?という思いから。命の限界を感じ始めているからなのか。。それを口にすることもなく、明るくビデオレターの製作に取り組むアシュリー。


みんなたくさんの問題を抱えて生きているけれど、きっとそれは大きな目でみたら小さな事なのかも、と思ってしまう。
一生懸命に生きることって毎日生きている事に感謝して、幸せな気持ちで過ごす事。そして周りの人達に笑顔と優しい気持ちを分けて、ハッピーな時間を共有して、人の為に何かをする。
そんなシンプルで簡単なことだったんだよね、一生懸命に生きるって。

天使のように可愛いアシュリーちゃん、美しくてピュアな心をもつ美しい人、アシュリー。彼女から私はいろいろと学びました。
人生は私達が与えられた最高の贈り物。その一瞬一瞬の時を美しく生きること、出来ないことではなく、出来ることに喜びと価値観を見つけ出し、前進しつづけることで、で私達の人生は深みを増し幸に富んだものとなる。そう、自分次第なのだということ。

アシュリーちゃんは短い人生を精一杯に生きて、2009年4月21日に、17才で亡くなりました。


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2013.12.16 00:10|人生
今回は発達障害や子育てとは直接関係がある記事ではないのですが、人の性格についてすこし触れてみたいと思います。自分と向き合い、自分をもっと知っていくことで、どうやって自分にやさしくしていったらいいか、TAKE CAREしていけたらいいかということにつながっていくと思います。


アメリカでよく知られている性格判断テストMBTI(Myers-Briggs Type Indicator)の中に、外向的(Extroverts)内向的(Introverts)かのタイプを見分けるテストがあります。この二つのタイプはどちらかひとつというわけではなく、スケールで外交的なほうから内向的なほうまでつながっています。そのため外向的100%の人もいれば、外向的と内向的の間の人(Ambiverts)もたくさんいる、という結果がでます。もとはといえばカール・ユング(スイスの心理学者)がこの二つのタイプを見分けるということを発表して、その後60年代には外から受ける刺激への反応が違うのではないかという論理もでてきて、最近では外向的と内向的な人では脳の構造が違うのではないかというリサーチの結果もでてきています。

外向的な人というと、一般的に人と話すが上手、お友達がたくさんいる、人前で気の利くことがいえるといったイメージがある人が多いのではないでしょうか。そして内向的な人といえば、人と話すのが苦手、おとなしい、自分の意見を人前で言わない、などど思う人も多いかと思います。実は外向的であるか内向的であるかはその人の態度で見分けるのではなく、どこからエネルギーをもらうか、どこで自分を充電するか、ということがポイントなのです。

外向的な人は、他の人からエネルギーをもらい元気になります。人と会って話をすることで自分を充電しているのです。このタイプの人はお友達と出かけたりするのを楽しみ、いろいろなことに興味があり、新しいものや今までいったことないところも好んで出かけます。欠点としては自分を見失いやすかったりすることもあります。
そして内向的な人は一人でいる時間に自分を充電していて、他の人といるときには蓄えたそのエネルギーを使っているのです。内向的な人は物事をよく考えてから口にだすことが多く、少人数のグループを好み、一対一でお友達と会うほうが心地よく、一人でいる時間を大切にしてます。欠点としては新しいことを恐れる傾向があります。

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さて、あなたはどっちのタイプでしょうか?人と一緒にいることで充電していますか?それとも一人の時間に充電しますか?わたしは完全な内向的タイプですが、人にそいういうとビックリされることがあります。それはきっと多くの人が外向的・内向的の定義がちゃんとわかっていないからだろうなぁと思います。人と一日中関わる仕事を選んだからといって、自分の意見を人前で主張するからといって、外向的とはいえないのです。わたしは自分ひとりの充電時間なしでは電池切れになってしまい、自分にも周りにもやさしく穏やかには暮らすことが難しくなってしまうでしょう。こういった風に自分の充電の仕方がわかっていると無理をしすぎたり、精神的に疲れたりすることを防げる場合もあるのではないでしょうか?人と話すのが好きだから私は外向的なんだわ、と思って予定をたくさん入れたり、誘われたらとりあえず参加したり、いろんなところに顔を出したりして、逆に苦しくなったりはしてませんか?その辺のバランスは自分で調整するしかないと思いますが、まずは自分と向き合ってどうやって充電するかを考えてみるのもいいかもしれません。

わたしたちにとって対人関係というのは人生の中でもっとも大切なものですよね。それは家族であっても、友達であっても、同僚であっても、近所づきあいであっても。誰も一人では生きていけないので、誰もが毎日向き合っているところです。それではこの外向的、内向的、対人関係ではどんな影響を与えるのでしょうか?

よく見かけるのは、外向的な人と内向的な人のコミュニケーションのしかたの違いです。そしてその違いからうまくかみ合わなかったり、誤解を生んだり、どちら側にとってもベストな結果が出せなかったりすることがあるように思えます。例えばオフィスで外向的なボスが内向的な部下と話をしています。思ったことをそのまま口に出すボスはその場で部下にアイデアや意見を求めています。内向的な部下はとってもいいアイデアを持っていたとしてもその場ですぐいうことはできず、結局黙って頷くだけでした。もしこのボスが部下のコミュニケーションのしかたをわかっていたら、部下の考えているアイデアを上手に引き出してあげることができたかもしれません。また夫婦間でのコミュニケーションの例をあげてみると、妻はとても外向的でお友達と集まってパーティをするのが楽しみだけど、そういう予定をいれるたびに夫はあまり乗り気なようではない。別に夫は人が嫌いなわけでも人とうまく話せないわけでもないのにどうして嫌がるんだろうと、妻は疑問に思って聞いてみるけどいまいちちゃんとして返事がもらえずもやもやしたりする、なんてこともあるかもしれません。


それではここで最後にそれぞれ外向的な人、内向的な人とのコミュニケーションの秘訣をあげてみます。これは家族でも、友達でも、そして会社の同僚でも当てはまると思います。ただ一般的に子供の性格というのは大人になるまで確定されないという見方なので、現在外交的な子供でも、だんだん変わってくるケースもありえます。うちの上の息子は現在とても外向的。毎日幼稚園へ行きいろいろな人と交流して学んで毎日パワー全快で帰ってきます(笑)。私のほうは一日人と交流して働いて家に戻ってくると、しばらくほっとする自分の時間がほしくなります(って小さい子供がいると難しいのが現状ですが)。
このリストがあなたが現在悩んでいる対人関係をスムーズにするヒントになりますように。


<外向的な人とコミュニケーションするときの秘訣>

自立心を応援してあげましょう
他の人がいるところで褒めてあげましょう
熱意を称えてあげましょう
考えていることをそのまま口に出している過程を見守ってあげましょう
とりあえずやってみよう、という心意気を止めないでいてあげましょう
忙しいことをわかってあげましょう
選択肢をあげましょう
言葉で大事なことを伝えてあげましょう
輝かせてあげましょう
たまに行動の真似をしてあげましょう


<内向的な人とコミュニケーションするときの秘訣>

プライバシーを尊重してあげましょう
人前で恥ずかしい思いをさせるようなことは避けましょう
新しいことはしばらく観察させてあげましょう
しばらく考えさせてあげましょう、今すぐと答えをせまらないであげましょう
なにか変化のあるときは時前予告をしてあげましょう
叱責は個人的にひそかにしましょう
あたらしいことを教えるのも個人的にしましょう
意見があるか個人的に聞いてみましょう


こちらの性格判断テストはユング心理学をもとにしたもののようです。もし興味があったらやってみてください。

2013.03.04 03:24|人生
Tuesdays With Morrie Poster

いかに死ぬべきかを学べば、いかに生きるかも学べる。
byミッチ・アルボム 「モリー先生との火曜日」より


“The truth is, once you learn how to die, you learn how to live.”
by Mitch Albom, Tuesdays With Morrie

映画、「モリー先生との火曜日」は難病ALS(筋肉の萎縮と筋力低下をきたす極めて進行の早い神経性疾患。半数が発病から3〜5年で呼吸筋麻痺により死亡する難病)に侵されたモリー•シュワルツ教授が、病気と戦いながら、「いかに人生を生き、いかに死ぬべきか」の最後のレクチャーをかつての教え子ミッチェルに与えた記録、ノンフィクションストーリーです。

ふと手に取るもの、聞くもの、新しく出会う人、再会する人、全てがまるでタイミングを合わせたように、「今の自分に必要なものだ」とまるで誰かに抜群のタイミングで与えられた。と、そう感じることがありませんか?
今日私がふと手にとった映画、それは「モリー先生との火曜日」という映画でした。
先日のブログで「ローズという87歳の女学生」が大学を卒業したという物語について書きました。
『何事も学ぶ事に遅い時期はなく、チャレンジを諦めない限り人は老いることはないのだ、成長しつづけるのだ。』ということをローズの人生を疑似体験することにより私たちも学び、勇気づけられましたっけね。
「エルダー(年を重ねた方)から学ぶべし」、という言葉があるように人生で喜びも苦しみも経験した彼らのハートには知恵と経験と感情の皺がたくさん刻まれていて、それは若者の繊細で壊れやすいハートとはまた違う質感もので、柔らかく弾力にとんでいるのではないかと感じることがあります。

「モリー先生との火曜日」では死を間近にむかえた主人公のモリー教授の心に沁みる愛情溢れた言葉人生のヒントが沢山詰まっています。そして、その言葉の一つ一つにが心に染み渡ることで私たちは人生というものを改めてしっかりと考えさせられる、そして自分の人生に照らし合わせてうんうんとうなずけるのです。
詳しい内容は種明かしになってしまうので控えますが、私の心に残った言葉、気になることなどをいくつかピックアップしてご紹介しますね。

モリー教授がウィスタン・ヒュー・オーデンという詩人(20世紀、第2次世界大戦時期に活躍詩人)の言葉を引用して愛について語るシーンがあるのですが、非常に印象的なシーンでした。
そして私も思わずリピートしつぶやいてしまった言葉でもありました。

We must love one another or die
「愛しあわなければ、 わたしたちは死ぬしかない。」


第2次世界大戦の悲惨な経験を体験したことから詩人オーデンは地球と人類の未来に大きな危機感を抱き、その中で人々が愛をもって繋がらなければ何もかも滅びてしまうのだ、という気持ちからこの言葉はうまれたのと私は思うのですが、後々にオーデンはこの言葉を自ら削除してしまっているんです。「結局我々は全て死ぬのだから」という理由から。

でも、私は削除したのは「愛の押しつけ」をあえてするべきではなかったというオーデンの思いやり、配慮の気持ちからなのではないかと思うのです。
本当にオーデンが言いたかったのはきっとこうゆう意味ではないのかと。
『何をしていようが時間の流れはとどまることなく一刻一刻が刻まれる。我々は皆な死というゴールに向かって進んでいく。結局は死んでしまうのならば、産まれてきて存在し、相互に関わりこうやって生きているのだから、命あるかぎりは愛し合わなければいけないのだ。愛があるから生きていけるのだから。』

モリー教授は自らの死の恐怖と痛みを体験することで、結局は愛が一番大切な物、つまり「愛し合わなければ生きていけない」という言葉に託し教え子に伝えたのだと思うのです。

『人は一人では生きていけない。依存しあって生きている。生まれたての赤ん坊も依存しなくては生きていけないし、死ぬ時も依存する。そして私も今こうやって身体が徐々に動かなくなり、周りのみんなに助けてもらって生きている。人々は依存することは恥ずかしいこと、というけれど、私はそうは思わない。なぜなら我々はみな何かの形で助け合う、つまり依存しあいながら存在しているのだから。それが人生というものじゃないか?』

アメリカではindependent(自立)していることが良しとされ、dependent(依存)していることは逆にネガティブとされる風潮があるように思うのです。これは私のアメリカ在住17年間で感じていたことです。泣くこと、涙をみせること、に対して「Don’t Cry. あなたは自立した女性でしょ」と幾度といわれ、その度になんとなく不自然な違和感を覚えた記憶がありました。子供にたいしても泣いていると「Don’t Cry.強くなくっちゃダメでしょ」というお父さん、お母さんが多かった。
泣いたっていいんじゃないか。涙をみせたり、辛い時に辛いと言ってもいいのではないか。そして助けが必要な時にはすがっていいのではないか。と私は思います。なぜなら泣くことは私たちがもっている感情の一つであり、とても自然なことであると感じるから。自然体でいることはとても心地よいことですし、涙で傷が洗い流され癒されることもあると思うのです。泣いた後はすっきりした経験を誰もがもっているはずですし、子供のころは大きな声をだして泣いて、そしてギュッとハグされると安心したもの。

教授は『大人になると人に触れられるのを拒んだり、涙を魅せるのを恥ずかしがったりする人がいるけれど、人に触れられるのは心地よいものじゃないか。不安な気持ちも吹き飛ぶし、人が触れ合う事で安心することもある。赤ん坊のころ親の腕に抱かれあやされたこと、今思うとなんと幸せで心地よい感覚だっただろうと思うんだ。。。』
大人になると人々は壁をつくり、相手からこう思われるから怖い、傷つくのがこわいから、と自分の周りにバリアをはり本当の部分の自分というものを隠してしまう傾向があると思うのです。そしてそれは欧米と比較して日本ではさらに傾向が強くなるとも感じています。
愛しているという感情は照れくさいもの、辛いという言葉をいうのは恥ずかしいもの。日本古来の美徳という言葉で表現すると聞こえは美しく聞こえますが、もう少しだけ心の扉を開いてみるともっと楽になれるのではと思うのです。もっと人と人との距離感、家族の間、恋人同士の間、夫婦間の距離が近くなると思うのです。

『助け合って生きる事、愛し合って生きる事、辛い時には、悲しみにひたって思いっきり泣くことも必要。そしたまた朝日が登ったら、今日起きる新しい出来事、今日おこるであろう楽しいことに気持ちを集中することが必要である。』

人生が終わりに近づくことはまぎれも無く誰もにとっても怖いことであります。私もそうなのですが、怖くないという事は死というものを間近に感じた事がないからなのではと思うのです。モリー先生は死の恐怖と戦い、死の床で命の炎が消えるという本物の恐怖を体験することで、こんなことを学びます。

「悲しみが怖い。痛みが怖い。愛するものが傷つく事が怖い。怖い怖いといっていたらいつも怖がってばかりいることになってしまう。
でも、恐怖の感情にどっぷりと自分自身が浸かることで、恐怖を深く、そしてくまなく経験することができるんだ。
そうすることで、痛みとは恐怖とはどのようなものなのか、ということが理解できる。そして愛とはどのようなものか、ということも解る。そして悲しみとはどうゆうものなのか、ということも解る。
そう、その時に初めて理解できてこう言えるようになるんだよ。
「よし、私はこの経験から学んだぞ。痛みや恐怖や愛情がどんな感情だかってことを。」一度わかったら、今度はしばらくこの感情から離れてみることも必要だ」


こうやって、死が近づいても恐怖を真っ向から否定せず、死を確実に認めながら、まだ残っている自分の時間を精一杯意味のあるものとして生きているモリー先生の生き方に多くの人が共感を覚えると私は思うのです。

「人生とは格闘であるが、勝者は常に愛である。愛はいつも必ず勝つ!」
「人生は限りあるものだから、自分を許すことが必要であり、そして他人も許さなければいけない。」


親もパートナーも、同僚も、過去に存在した人も、自分が今まで許せなかった人のこと、嫌いだった人のことも一旦リリースして、許してみると不思議にすっきりするはずです。許すことが一番難しいことだと言われていますが、意外とふとしたきっかけで簡単にできるのだと思うのです。そして、一度許せると自分の心の中にあったシミのようなものがすぅ〜っと消えて行き、キラキラした水蒸気になってしまうような感覚になることでしょう。私たちが心の成長を身をもって経験することが、人を許せた時ではないか、と私は思うのです。
私も親との間に未だに残る確執があります。なかなか奥深く、考えるととても辛く涙がでてきます。でも、親も所詮は愛すべき人間だからと考えられるようになったのもここ数年のことなのです。

感情に任せて相手が口にした醜い言葉。誰もが経験あることかとは思うのですが、怒りの時にでた言葉は真実性のある心の言葉だとは思っていません。だから許せるのです。穏やかな感情の時、美しい気持ちのときには決して攻撃的な言葉はでないことを解っているからです。
だから、口論の時に相手が言った言葉は許してあげてください。その時にはお互いをせめず、そして穏やかな状況に戻ったらゆっくりとした口調で目をみて素直に話し合うことによって再び理解しあえると私は思います。

最後に、私が感動したモリー先生の言葉を英語と日本語訳でご紹介します。
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多くの人々は人生に意味を見いだせずに歩き回っている。
自分では大切なことだと思い込み忙しく働いているのだろうが、彼らはまるで半分寝ているみたいだ。
なぜそうなってしまうのか?それは彼らが志ある目的のためではなく間違ったものを追いかけているからそうなってしまうんだ。
意味のある生き方とは?
それは人を愛すること。
自分を取り巻く地域、コミュニティー、社会のために貢献すること。
生きるための目的と意味を見いだすこと。
byミッチ・アルボム 「モリー先生との火曜日」より


“So many people walk around with a meaningless life.
They seem half-asleep, even when they're busy doing things they think are important. This is because they're chasing the wrong things. The way you get meaning into your life is to devote yourself to loving others, devote yourself to your community around you, and devote yourself to creating something that gives you purpose and meaning.”
By Mitch Albom Tuesdays with Morrie
2013.02.24 00:04|人生
私たちは何かを人から得て生活している。
同時に、何かを人に与えることで人生という物語をつくっている。
(We make a Living by what we get, We make a Life by what we give.)


『ローズ』87歳のある女学生の物語。でローズが唄ったThe Roseの歌です。

今宵は力強く、前向きで、でも心温まる歌声と歌詞に酔いしれてみませんか。


「ローズ(ザ・ローズ)」和訳歌詞

誰かが言う 愛は川のようだと
それは穏やかな葦を飲み込んでしまうと
誰かが言う 愛は剃刀のようだと
それはあなたの心から血を流させると
誰かが言う 愛は飢えのようだと
それには終わりのない痛みが必要だと
私は言おう 愛は花のようだと
そしてあなたがその唯一の種だと

傷つくことを恐れていては
ダンスは踊れない
夢から覚めることを恐れていては
チャンスはつかめない
何かを奪われることを恐れていては
何も与える事はできない
そして死を恐れていては
生きている喜びもわからない

寂しすぎる夜や
道が長すぎてあきらめたくなる時
愛は幸運な人や強い人にだけに
与えられると思った時
どうか覚えておいて
冬の厳しい寒さを
雪の下で耐えている種が
太陽の愛を受けて
春にはバラの花を咲かせる事を
http://youtu.be/CB4EgdpYlnk
2013.02.23 23:58|人生
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私たちは何かを人から得て生活している。
同時に、何かを人に与えることで人生という物語をつくっている。
(We make a Living by what we get, We make a Life by what we give.)

『ローズ』87歳のある女学生のお話。

大学生活初めての授業。教授は自らの自己紹介を終えて我々学生に周りを見渡してまだ知らない顔をみつけてみようと問いかけた。
席を立ち、周りを見渡すと僕の肩に優しい手が触れた。振り向くと、そこには顔に優しい皺の刻まれた小さな女性が、輝く笑みを浮かべまっすぐに僕を見つめていた。
「ハンサムなお兄さん。私の名前はローズよ。そして年齢は87歳。初めて会ったご挨拶にハグしてもよいかしら?」
僕は笑いながら、でも次の瞬間は暖かい気持ちを込めてこう答えた。
「ええ、もちろんですとも!」
そしてローズは親しみいっぱいにギュっと僕をハグしてくれた。
「でも、ローズ。どうして君の年で大学に?」と訪ねると
ローズは冗談めいてこう答えた。「私?(笑)もちろんお金持ちの旦那さんをみつけるためよ。結婚して子どもを2,3人産んで,それから引退して旅行に行くために,ここに来ているのよ。」

「いえいえ、まじめな話でなんで?」と訪ねた。
僕は不思議だった。なぜローズが彼女の年齢で大学で学ぼうと思ったのだろうと。彼女を駆り立てた動機は何なのだろうと。

「私はね、いつも大学で教育をうけたいと夢見ていたの。今その夢が叶ったのよ!」とローズは言った.

授業の後、僕とローズは校内のスチューデントユニオンの建物に向かいチョコレートミルクシェイクをシェアした。瞬く間に友達となった僕たちは、それから3ヶ月間、毎日のように授業が終わると一緒にクラスをでて、色んな話をした。話題は途絶えることがなかった。ローズは知恵や経験を僕と分かち合うように言葉を綴り、僕はこの賢いタイムマシーンのようなローズの話に夢中になったものだった。

そして一年の間に個性的なローズはキャンパスで注目されるようになり、どこにいても友人がすぐにできるような人気者になっていた。オシャレを楽しみ、他の学生から自分に向けられる眼差しをおおいに楽しみ、ローズは人生を最高に謳歌し、光り輝いていた。

学期末、僕たちはフットボールチームの祝賀会にローズをゲストスピーカーとして招き入れスピーチをお願いした。ここでローズが言ったことを僕は生涯決して忘れることはないだろう。

名が呼ばれ、ローズは壇上へとあがった。スピーチを始めようとしたまさにその時、彼女は持っていたメモ書きを床に落としてしまったのだ。少し焦り、そして少し恥ずかしそうにマイクに身をかがめ
「ごめんなさいね。私とても緊張していて。四旬節(キリスト経の儀式、四旬節では伝統的に食事の節制と祝賀の自粛が行われる)だからビールは諦めたんだけど、結局ウィスキーを飲んだら、結局こんなことになってしまったわ(笑)。ええと、ともかく、スピーチを始めからちゃんとやり直すことなんて今さら出来ないから、まずは私が知っていることをあなた達に話すことにするわね。」
愉快なスタートとユーモアで僕たちの笑いを誘い、場を和ませたあと、エヘンと喉の調子を整えてスピーチは始まった。

「私たちは皆、老いたからという理由でチャレンジすることを辞めてしまうのではなく、チャレンジすることを辞めたから老いてしまうのだと、私は思うのです。
若さの秘密、幸せであることの秘密、成功するための秘密。
これはたった4つだけのことをすれば叶うことなのです。
毎日楽しいことを見つけて笑うこと。
そして必ず夢を持つこと。夢を失ったら死んでしまうわ。私たちの周りにはたくさんの人が歩いているけれど、夢をもっていないから死んでしまった亡霊のようにも見えるの。でも、彼らは自分が亡霊であることすら気づいていない。

年を重ねることには二つの大きな違いがあるの。「老いること」と「成長すること」。この二つの言葉の響き、似ているけれど、とても大きな違いがあるということがわかるかしら。
例えば、あなたが19歳だとして、ベッドに一年間ねっころがってダラダラしていて何も価値のあることをしなかったとする。でも、次の年にあなたは20歳にはなれるわね、確実に。

あなたが87歳だとしましょう。そしてベッドに横になっていて何もしなかったとする。それでも確実に次の年には88歳になるのです。
そう、つまり、誰でも確実に年はとるのです。年をとることには何の知識も才能も必要としないわ。
ヒントは、自分自身が変化する為に常にチャンスをみつけながら成長すること。決して自分のしたことに後悔はしないこと。

お年寄りって大抵は自分たちのしてきた事に後悔はないものなのよ。でも自分たちが出来なかったことに対しては後悔があるの。
そしてね、死に恐怖のある人達とは、自分の人生に後悔がある人達のことなのよ。

ローズはスピーチの締めくくりとして「The Rose(薔薇の歌)」を唄ってくれた。そして僕たちに歌詞を学ぶよう課題を与えてくれた。歌の意味を日々の生活に重ね合わせるようにと。

その年の終わり、ローズは何年も前に開始した大学を終業した。
そして、それから一週間後、ローズは息を引き取った。
眠るように幸せに。

二千人以上もの学生がローズのお葬式に参列した。「自分がなりたい姿になれる時期に遅い時期なんてない」それを自ら証明し私たちに教えてくれた、素晴らしい女性ローズをたたえるために。これを読み終えたら、是非このストーリーを、言葉の贈り物としてあなたの大切な友人や家族に送ってください。
この物語は「ローズの思い出」としてたくさんの人々に世界でおくられてきました。


決して忘れないでね。年をとることは必修なのよ。でも、成長すること、向上することはあなたが決められる選択肢だということを。

私たちは何かを人から得て生活している。
同時に、何かを人に与えることで人生という物語をつくっている。
(We make a Living by what we get, We make a Life by what we give.)

翻訳ーYoko Shindo


以下原文

An 87 Year Old College Student Named Rose

The first day of school our professor introduced himself and challenged us to get to know someone we didn't already know.
I stood up to look around when a gentle hand touched my shoulder. I turned round to find a wrinkled, little old lady beaming up at me
with a smile that lit up her entire being.

She said, "Hi handsome. My name is Rose. I'm eighty-seven years old. Can I give you a hug?"

I laughed and enthusiastically responded, "Of course you may!" and she gave me a giant squeeze.

"Why are you in college at such a young, innocent age?" I asked.

She jokingly replied, "I'm here to meet a rich husband, get married, and have a couple of kids..."

"No seriously," I asked. I was curious what may have motivated her to be taking on this challenge at her age.

"I always dreamed of having a college education and now I'm getting one!" she told me.

After class we walked to the student union building and shared a chocolate milkshake.We became instant friends. Every day for the
next three months, we would leave class together and talk non-stop. I was always mesmerized listening to this "time machine"
as she shared her wisdom and experience with me.

Over the course of the year, Rose became a campus icon and she easily made friends wherever she went. She loved to dress up and
she revelled in the attention bestowed upon her from the other students. She was living it up.

At the end of the semester we invited Rose to speak at our football banquet. I'll never forget what she taught us. She was
introduced and stepped up to the podium.

As she began to deliver her prepared speech, she dropped her three by five cards on the floor. Frustrated and a little embarrassed she leaned into the microphone and simply said, "I'm sorry I'm so jittery. I gave up beer for Lent and this whiskey is killing me! I'll never get my speech back in order so let me just tell
you what I know."

As we laughed she cleared her throat and began, "We do not stop playing because we are old; we grow old because we stop
playing. There are only four secrets to staying young, being happy, and achieving success. You have to laugh and find humor every day.

You've got to have a dream. When you lose your dreams, you die.
We have so many people walking around who are dead and don't even know it!There is a huge difference between growing
older and growing up.

If you are nineteen years old and lie in bed for one full year and don't do one productive thing, you will turn twenty years old.

If I am eighty-seven years old and stay in bed for a year and never do anything I will turn eighty-eight.

Anybody can grow older. That doesn't take any talent or ability. The idea is to grow up by always finding opportunity in change.
Have no regrets.

The elderly usually don't have regrets for what we did, but rather for things we did not do. The only people who fear death are those
with regrets."

She concluded her speech by courageously singing "The Rose."

She challenged each of us to study the lyrics and live them out in our daily lives.

At the year's end Rose finished the college degree she had begun all those years ago. One week after graduation Rose died
peacefully in her sleep.

Over two thousand college students attended her funeral in tribute to the wonderful woman who taught by example that it's
never too late to be all you can possibly be .When you finish reading this, please send this peaceful word of advice to your friends and family, they'll really enjoy it!

These words have been passed along in loving memory of ROSE.

REMEMBER, GROWING OLDER IS MANDATORY. GROWING UP IS
OPTIONAL.

We make a Living by what we get, We make a Life by what we give.
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プロフィール

Appolonia

Author:Appolonia
自らのアトピー体質がきっかけで化学物質と無縁の生活と自然治癒の生き方を志す。
アメリカに17年滞在後2011年、日本へ帰国。
オーガニックの先駆者が集まるサンフランシスコで暮らし、
そして、よりロハス的な生き方を求め、オレゴン州ポートランドに移住。
アメリカの真のロハス文化を日本に伝え、日本の伝統的な文化をアメリカに紹介するプロジェクトを計画し日々奮闘中。
2児の母親。最近のマイブームは休日のオーガニック&ベジタリアンレストラン巡り。

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